大判例

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高松高等裁判所 昭和37年(ツ)23号 判決

上告人

右代表者法務大臣

賀屋興宣

右指定代理人検事

村重慶一

同高松法務局訟務部第一課長

岡田静雄

同第二課長

大坪定雄

被上告人

新田健一

主文

原判決を破棄し、本件を高知地方裁判所に差し戻す。

理由

上告指定代理人等の上告理由(別紙上告理由書記載)について。

原判決が右理由書(一)記載のとおり判示したことはその判文上明らかであるところ、民法第一七三条は日常頻繁に反覆して発生する性質の債権は通常短期間に行使せられ、従つて短期間の不行使によつて不存在の社会秩序が形成せられ易いとともに、比較的速やかにその法律関係が不明瞭になりがちであるから、その法律関係を速やかに確定させる趣旨の規定であると解すべきであり、従つて、同条第一号の生産者とは日常頻繁に反覆して売却せることを予定して貨物を産出することを業とするものをいい、必ずしも営利を主たる目的とするものであることを要しないと解するのが相当である。

右の解釈に副つて、高知刑務所の作業に関して、上告人が右条号の生産者に該当するとした原判決の判断は相当である。論旨は右と異なる独自の法律解釈を主張するものであつて、採用し難い。

しかし、職権で審査すると、原判決は、高知刑務所と被上告人間に昭和二五年六月一九日、右刑務所が被上告人に対し雑魚袋九六、五〇一枚を代金一三万円で売り渡す旨の売買契約が締結せられるとともに、右雑魚袋全部が授受せられたこと、右刑務所が同年九月五日被上告人に対し、右代金納入期日を同年同月一五日と定めた納入告知書を送付して支払いを求めたこと、被上告人が同年一二月四日右代金の内金七万円を支払つただけで、残代金を支払つていないことをそれぞれ認定した上、右代金債権はその履行期から起算すると昭和二七年九月一四日をもつて、一部支払いのあつた時から起算すると同年一二月三日をもつて、いずれにせよ二年の消滅時効の完成により消滅した旨判示して上告人の本件売買残代金及び損害金の各請求をすべて失当であると判断したものであることは、その判文上明らかである。

ところで、時効の完成による債権消滅の時期は時効の完成日から時効の起算日に遡及するものであることは民法第一四四条の規定から明らかであるから、右消滅の時期を二つの時効完成日のいずれかであるとした原判決の右判断は消滅時効の効果に関する法律の解釈を誤つたものである。そして、仮りに本件代金債権が、原判決認定の時効起算日の一つである昭和二五年一二月三日に遡及して消滅したとすれば、上告人の本件請求中、金一三万円に対する昭和二五年九月一六日から同年一二月三日までの間の年五分の割合による損害金の支払いを求める部分は、他に別段の事由のないかぎり、正当であるといわなければならない。また、前示原判決の認定事実によれば、本件売買契約には代金弁済期日の定めはなく、昭和二五年六月一五日は上告人が代金支払いを請求した期限であると解するほかはないところ、右の日が何故本件代金債務の履行期、従つて時効の起算日になるのかについて原判決には判示するところがない。

要するに、原判決は法律の解釈を誤つた結果、理由不備の違法をおかしたものであり、その違法は原判決に影響を及ぼすことが明らかであるばかりでなく、本件につきなお事実審理が必要であるから、民訴法第四〇七条により、原判決を破棄し、本件を高知地方裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官安芸修 裁判官東民夫 水沢武人)

上告理由

原判決は、民法一七三条一号の解釈適用を誤つた違法がある。

(一) 原判決は、民法一七三条一号にいう生産者とは、「生産により収支相償うことを目的とする営業的生産者であることがその常態であろうが、これだけに限るものでなく社会通念上仕事として、生産行為を反覆継続し、かつ生産品の販売により何らかの収入を得ているならば、ここにいう生産者に包含され、その仕事の本来の目的は別に存し(例えば慈善、教育等の目的)営利を目的としない場合であつても、差しつかえないものと解」し高知刑務所の本件雑魚袋の代金債権も二年の消滅時効にかかると判示されている。

(二) しかし、上告人は次の理由により本件雑魚袋の代金債権は、民法一六七条の一般債権の消滅時効に服すべきものと考える。

(イ) およそ、消滅時効の制度は、権利の不行使という事実状態と、一定の期間の継続とを要件として、権利が消滅するものとされる制度であつて、民法は、普通の債権の消滅時効期間は一〇年であると定め一六七条、右規定は一六八条ないし一七四条その他民法の特別規定又は他の法令の特別規定に一〇年より短い期間を定めた場合を除く外、すべての債権に適用があるとしている。すなわち、この意味において、民法一六七条は時効期間に関する一般規定であつて、一六八条ないし一七四条等は、その特別規定であると解されるのである。従つて、その解釈に当つては、特別規定は厳格に解すべきであることは当然であるといわなければならない。

(ロ) ところで、民法一七三条の短期消滅時効の沿革をふりかえつてみると、その歴史は古くすでに十六世紀の初頭のフランスに始まり、ルイ十四世の一六七三年の商事条例を経て、現行フランス民法の「商人が非商人たる個人に売却した商品に対するその商人の訴権は二年の時効にかかる」という規定に至つている。ドイツ民法もこの二年の短期時効制度を承継しているが、その適用範囲はやや拡張され、「商人、製造業者、手工業者及び美術商が商品の供給、労務の実行及び他人の業務の管理並びに立替金に関して有する請求権。但し給付が債務者の営業のために為されたときはこの限りでない」および「農業又は林業を営む者の農産物又は林産物を債務者の家事用のため供給することによつて生じた請求権」という規定となつている。わが民法の規定もまたこの伝統を承けたものであるが(原田「日本民法典の史的素描」八八頁参照)特に旧民法の次の規定にはそれが明瞭に現われていた。

民法証拠編第一五九条 時効ハ左ノ訴権ニ対シテハ一年トス

第一 非商人ニ為シタル供給ニ関スル日用品、衣服其他動産物ノ卸商人又ハ小売商人ノ訴権、但商人又ハ工業人ニ為シタル供給ト雖モ其ノ商業又ハ工業ニ関セサル場合ニ於テハ亦同シ

ところが、これに関する現行民法の規定では、時効期間が二年に伸長されるとともに表現も著しく簡素化され、単に「生産者卸売商人及ヒ小売商人カ売却シタル産物及ヒ商品ノ代価」となつているのである(西原「卸売商人が転売を目的とする者に売却した商品代金債権と民法第一七三条第一号の適用の有無」民商法雑誌四五巻六号九六〇頁参照)。

(ハ) このような短期消滅時効が認められたのは永続した事実状態を尊重する基本理念のもとに受取証書その他の証拠保全の困難と権利の上に眠る者が法の保護に値しないという一般の消滅時効の理由に加えて特に採証上の困難性、すなわち特定種類の取引では取引の性質上、一々証拠書類を作らないとか、或いは取引が比較的少額で余りにも頻繁であるため関係書類を永く保存しないとかいうような場合があり、一般に商的取引においては採証上の困難が増大するためであると解されている。

(ニ) さて従来判例に現われた民法一七三条一号の適用をめぐる事例をあげてみると、旧配炭公団は商人ではないとされ(最高裁昭和三五年七月一五日判決、訟務月報六巻七号八二頁)油糧砂糖配給公団も商人ではないとされ(東京高裁昭和三六年二月一三日判決、判例タイムズ一一七号四一頁)、農業協同組合法にもとづき設立された組合も、生産者ないし商人ではないとされ(東京高裁昭和三五年一〇月八日判決下民集一一巻一〇号二〇八二頁)、山林の経営を業としない農家がその所有山林の立木を木材商に売却する行為は、生産者の売却ではないとされている(広島高裁松江支部昭和三四年四月一五日判決、高民集一二巻三号八〇頁)。

(ホ) ところで、民法一七三条一号は「生産者」と並べて「卸売商人」と「小売商人」を記載しているのであるから、「卸売商人」と「小売商人」が、いずれも商取引を行う者であつて、営利性を有することを必要とする以上、前述のような立証趣旨にてらしても、「生産者」とは、営利性を有する者、すなわち、営業的生産者と解すべきであるのは当然であるといわなければならない。

(ヘ) ひるがえつて、高知刑務所は、監獄法にもとづく監獄であり、その目的が在監者の教化改善にあることは、いうまでもないところであつて、在監者をして、作業に従事せしめるのも亦、右教化改善のためにほかならないのである。

すなわち、このような監獄における作業は、作業それ自体に在監者の教化改善を図るという目的があるのであつて、その作業の結果(製品)に目的が存するものではないのである。

また、作業の収入が国庫の所得とされる(監獄法二七条一項)といつても、監獄の設置維持を掌るのは国家であつて、その設置維持等の費用と作業収入との割合からいえば、とうてい収支相償うものということはできないものであり、高知刑務所が反覆継続して、物品を生産販売し、これにより収入をえているといつても、その収入の割合は微々たるものであり、これを目して社会通念上刑務所が生産者に含まれると解されるべきものではないのである。

(ト) これを要するに、刑務所の製品代金債権の如き、特殊の性格を有する債権の時効期間どうみるかについて、原判決は、民法一七三条一号の生産者を広く解し、社会通念上、仕事として生産行為を反覆継続していればこれに含まれるとされるのに対し、上告人は、民法一七三条は、民法一六七条の特別規定であつて、これを厳格に解し、民法一七三条一号が生産者と商人を並記していることから、営業的生産者に限られるべきものとし、本件債権の如き、特殊の性格を有する債権については、原則にかえり、民法一六七条を適用すべきであるとするものであつて、かつ従来その例が見当らないので、法令の解釈適用の統一をはかるため、本上告に及んだことを付言する。

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